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 がんと闘う筑紫哲也さんに聞く 無常だからこそ感謝
-特集ワイド-

 紅茶2杯で3時間。斜光の入るレストランの個室で、筑紫哲也さん(72)は終始ニコニコしていた。「がんは面白い病気」と語れるようになった筑紫さんは今、無常だからこそ輝く人生を、そのありがたさを感じているという。【藤原章生】

 事務所のある赤坂のビルまで迎えに上がると、青いシャツに黒のジャケットというラフな格好で下りてきた。療養中にしては、はつらつとしている。

 半年ぶりにテレビ出演した先月は、つけ毛が話題になったが、「生えてきたので、今は自毛です」と少し恥ずかしそうな顔をした。「もともと髪が多いから、局で『視聴者がショックを受ける』なんて言われて、つけ毛にされて。でも、嫌だから自分でばらしたんです」

 以前、お会いしたのは2年前。日比谷のホテルのバーでアフリカの話をした。もともとがヘビースモーカーなので、灰皿が吸い殻の山になった。

 病後、たばこをやめた。困ることが出てきた。大好きなマージャンと原稿書き。「一服できないと、全然面白くない」。長年愛してきたのはハイライトとマールボロの赤。ニコチンが強く、のどに強い圧迫感のある本物のたばこだ。

 「長生きには、吸わないのがいいのか、吸うのがいいのか、議論のあるところでね。たばこで死ぬ人も、糖尿など食い過ぎで死ぬ人もいる。もう一つは、たばこや食に急ブレーキかけて、そのストレスで死ぬ人。屁(へ)理屈だけど」

 論は勢いを増す。「百害あって一利なしと言うけど、文化は悪徳が高い分、深い。人類が発明した偉大な文化であり、たばこの代わりはありませんよ。これを知らずに人生を終わる人を思うと、何とものっぺらぼうで、気の毒な気がしますね」

 でも、そんな文化ががんをもたらした、と向けると、「そうとも言えない」と首を振る。「肺がんに直結しているようだけど、たばこは引き金で、本当の原因はストレスなんです」

 たばこが原因だとは今でも思っていないのだ。

 ◇「Must(〜ねばならない)」から「Want(〜したい)」へ

 *原因

 では、どのようなストレスがあったのか。「簡単に言えば、Must(〜ねばならない)が多すぎた。だからMustからWant(〜したい)に変えればいい。でも、長年、僕を知る人は笑う。『お前は好きなことしかやらないじゃないか』と」

 それでも、TBSテレビの「ニュース23」に出ずっぱりというのは、やはり負担もあったのだろう。「そう。僕は約束を破ったり、会議に出なかったり、いいかげんなんですが、放送は18年間、月曜から金曜まで1秒も遅刻せずにやった。自分がやりたいことだから、苦痛はなかった。東京だけにいてはこの国は見えないと、週末は講演など理由をつけては地方を回ったんです。これも、楽しかった」

 ただ、心は楽しんでも、体は違った。「加齢ですね。体が文句を言っても、ペースを崩さなかった。人はそもそも心身が分裂しているものなんです。美空ひばりは東京ドームで歌い終わり、ぐじゃっと倒れた。僕もそういうところ、あると思う」

 ◇語るたびに自己嫌悪だった

 *助言

 30年間、朝日新聞社で記者、雑誌編集長を務め、キャスターに転身した。活字の世界にない気遣いもあった。後任キャスター、共同通信社の前編集局長、後藤謙次さんにこう助言した。

 「テレビは軽率で不完全なメディアだから、家で奥さんと反省会をやるのはやめなさい、とね。僕は毎晩、自己嫌悪でした。原稿ってのは、へたくそでも活字になると、まあ自己満足できるでしょ。でも、テレビは見るたびに自己嫌悪でね。ボディーランゲージが大きなウエートを占めるし。『なんであんなことを言ったのか』というのがストレスになってね」

 「僕がキャスターを始めたころ、朝日新聞では、テレビは下賤(げせん)なメディアで一度さわったら体が腐る、とさえ言われた」。それでも、テレビに移ったのは、新聞に限界を感じていたからだ。「何百万も部数があるから、書いたものが相手に届くと思っていた。でも、ある時気づいたのは、ほとんど何も届かない。特に国際報道は、どんなに大変な思いをしても何も届かない。多くの人に届けるには、テレビが手っ取り早いと気づいたんです」

 キャスターとしてどれだけのことを伝えられたのか。「こうあってほしいと思うことを語ってきたが、その方向に世の中が進んだことはない」という。語るたびに、どんどん自分が少数派になってゆくと感じた。

 それでも自分を突き動かすものがあるとすれば? 「うーん、おせっかいな好奇心ですかね。でも、この(報道の)仕事って、おせっかいですよね」

 ◇予約つき人生、今日が大事

 *発見

 がんになり、発見があった。一つは、患者と有権者が似ていること。「いくら情報を与えられても、自分で思うほど賢くはなれない」。結局は他人に言われるままになる。そして悪い結果が出れば「自分の責任」となる。「底にあるのは、人間は賢者になれるという壮大なフィクション。世界経済の影響で酪農家が破産すれば、『お前の責任』と言われ、フリーターや社会からこぼれる人が叱責(しっせき)される。でも、弱い患者と同じく、有権者にすべての責任があるわけじゃない」

 ごく自然に東洋医学に向かった。「僕の体は空爆されたイラクみたいなもの。放射線でがんはほぼ撃退したけど、体中が被爆している。西洋医学は敵を攻めるばかりだが、東洋医学は、がんを生む体にならないようにすることを心がける。それが自分には合っている」と、今は月の半分を奈良の東洋医学専門家、松元密峰さんのもとで過ごす。放射線医療の後遺症でのどが膨れ上がったとき、はり治療などで救われたためだ。

 「がんは面白い病気でね、これくらい個人差があり、気持ちに左右されるものはない」と言う。「心臓が急に止まるのと違い、余命率がどれくらいという、一種予約つきの人生になる。年数はわからない。ラッキーだと延びるし、短い人もいる」

 日々、「ありがたい」と思うことがある。「倒れるまで、一日、一日なんて、特に考えないで過ごしてきたけど、先が限られていると思うとね。例えばきょう一日も、とても大事というかね。うん。お墓には何も持っていけないから、大事なのは、どれくらい、自分が人生を楽しんだかということ。それが最後の自分の成績表だと」

 *思い

 今は週に1回、立命館大で講義し、あとは「源氏物語」を猛烈な勢いで読んでいるそうだ。

 「入院中にじっくり読んだのは新渡戸稲造の『武士道』。古典が面白くてね。それと、仏像や日本画をしみじみと見るというのかな……。これって、なんだろうと思う。これから先、見ることはないという、見納めの心理も働いているんでしょうが、すべてにありがたさを感じる。そう思いながら味わえる何日かが、あとどのくらい続くか分からないけど。その日々、月日があるというのは、急に逝くよりいいんじゃないか、なんて思うんです」


毎日新聞 2007年11月26日 東京夕刊より

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