東京大学医学部本館、蒼然とした建物の3階に医学標本室があります。
その陳列ケースの中に、日本が世界に誇るがんの標本が保管されています。
1915年(大正4年)、東京帝国大学教授の
山極勝三郎と大学院生の市川厚一が行った発がん実験の成果です。
実験は、ウサギの耳にコールタールを塗っては翌日ふき取り、また、次の日同じ場所にコールタールを塗っては翌日ふき取る…といった単調な作業でした。 |

やまぎわかつさぶろう
山極 勝三郎
(1863-1930)
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”コールタールが発がんのきっかけになるのでは”という疑いは、18世紀に、イギリスで発表されていました。
当時、ロンドンの煙突掃除を職業とする人たちに「陰のう」付近のがんが多発していたからです。当時は陰のうのしわの中にすすがたまって腫瘍ができるので”すす病”と呼ばれていました。
そして、各国の研究者がさまざまな動物実験を行っていたのですが、いずれも”発がん”には至りませんでした。
ところが、山極・市川の2人は”発がんには長期にわたる潜伏期間が必要だ”との信念から、単調な作業を飽きずに繰り返していたのです。
そして150日が過ぎた頃、やっと異変が発見されました。コールタールを塗った部分が、硬い腫瘍に変化していたのです。最も長い間塗布を行ったのは660日にも及びました。その結果、101匹のウサギのうち31匹にがんが発症したのです。
これが世界で始めて成功した「人工がん」です。
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(写真:兎耳タールがん標本。東京大学医学部標本室提供。『日本の「創造力」―近代・現代を開花させた四七○人』第8巻,日本放送出版協会(1992年),
グラビアより)
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しかし、二人の努力にもかかわらず当時の研究者からは、なかなか信じて貰えませんでした。
権威ある日本がん学会の席上でも
| がん |
がん |
|
がん |
| 「癌か、 |
贋(にせもの)か、 |
はたまた |
頑か」 |
とまで言われたといいます。
二人の成果に対しては、むしろ海外からの反響が大きかったようです。
実験成功の2年後には、アメリカのロックフェラー研究所から部長の野口英世博士も二人のところに駆けつけています。
肺結核を押して研究を続けた山極は、病弱の体をいたわりつつ、俳句を唯一の楽しみとしていました。(俳号は曲川)
次の句は実験成功直後の作品です。
癌出来つ 意気昂然と二歩三歩 曲川 |